と、たちまち井戸端へ飛んだと思う、総長屋の桝形形《ますがたなり》の空地へ水輪なりにキャキャと声が響いた。
「放れ馬だよ、そら前町を、放れ馬だよ、五匹だ。放れ馬だよッ。」
跫音《あしおと》が、ばたばたばた、そんなにも居たかと思う。表通の出入口へ、どっと潮のように馳《はし》り退《の》いて、居まわりがひっそりする、と、秋空が晴れて、部屋まで青い。
畳の埃も澄んだようで、炉の灰の急な白さ。背きがち、首《うな》だれがちに差向ったより炉の灰にうつくしい面影が立って、その淡《うす》い桔梗の無地の半襟、お納戸|縦縞《たてじま》の袷《あわせ》の薄色なのに、黒繻珍《くろしゅちん》に朱、藍《あい》、群青《ぐんじょう》、白群《びゃくぐん》で、光琳《こうりん》模様に錦葉《もみじ》を織った。中にも真紅に燃ゆる葉は、火よりも鮮明《あざやか》に、ちらちらと、揺れつつ灰に描かるる。
それを汚すようだから、雁首で吹溜めの吸殻を隅の方へ掻こうとすると、頑固な鉄が、脇明《わきあけ》の板じめ縮緬《ちりめん》、緋《ひ》の長襦袢《ながじゅばん》に危く触ろうとするから、吃驚《びっくり》して引込《ひっこ》める時、引っかけて灰が立
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