藍地《あいじ》糸錦の丸帯。鶸《ひわ》の嘴《くち》がちょっと触っても微《かすか》な菫色《すみれいろ》の痣《あざ》になりそうな白玉椿の清らかに優しい片頬を、水紅色《ときいろ》の絹|半※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《ハンケチ》でおさえたが、且《かつ》は桔梗《ききょう》紫に雁金《かりがね》を銀で刺繍《ぬいとり》した半襟で、妙齢《としごろ》の髪の艶《つや》に月の影の冴えを見せ、うつむき加減の頤《あぎと》の雪。雪のすぐあとへは惜しいほど、黒塗の吾妻下駄《あずまげた》で、軒かげに斜《ななめ》に立った。
 実は、コトコトとその駒下駄の音を立てて店前《みせさき》へ近づくのに、細《ほっそ》り捌《さば》いた褄から、山茶花《さざんか》の模様のちらちらと咲くのが、早く茶の間口から若い女房の目には映ったのであった。

 作者が――謂《い》いたくないことだけれど、その……年暮《くれ》の稼ぎに、ここに働いている時も、昼すぎ三時頃――、ちょうど、小雨の晴れた薄靄《うすもや》に包まれて、向う邸《やしき》の紅《あか》い山茶花が覗《のぞ》かれる、銀杏《いちょう》の葉の真黄色《まっきいろ》なのが、ひらひらと散って来る
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