して、あれ性《しょう》の、少し乾いた唇でなぶるうち――どうせ亭主にうしろ向きに、今も髷《まげ》を賞《ほ》められた時に出した舌だ――すぼめ口に吸って、濡々と呂《くち》した。
 ――こういう時は、南京豆ほどの魔が跳《おど》るものと見える。――
 パッと消えるようであった、日の光に濃く白かった写真館の二階の硝子窓《がらすまど》を開けて、青黒い顔の長い男が、中折帽を被《かぶ》ったまま、戸外《おもて》へ口をあけて、ぺろりと唇を舐《な》めたのとほとんど同時であったから、窓と、店とで思わず舌の合った形になる。
 女房は真うつむけに突伏《つッぷ》した、と思うと、ついと立って、茶の間へ遁《に》げた。着崩れがしたと見え、褄《つま》が捻《よじ》れて足くびが白く出た。

       五

「ごめんなさい。」
 返事を、引込《ひっこ》めた舌の尖《さき》で丸めて、黙《だんま》りのまま、若い女房が、すぐ店へ出ると……文金の高島田、銀の平打《ひらうち》、高彫《たかぼり》の菊簪《きくかんざし》。十九ばかりの品のあるお嬢さんが、しっとり寂しいほど、着痩《きや》せのした、縞《しま》お召に、ゆうぜんの襲着《かさねぎ》して、
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