糸桜に、燦々《さんさん》と雪の咲いた、暖簾《のれん》の藍《あい》もぱっと明《あかる》い、桜湯の前へ立った。
「糸ちゃん、望みが叶うと、よ、もやいの石鹸《しゃぼん》なんか使わせやしない。お京さんの肌の香が芬《ぷん》とする、女持の小函《こばこ》をわざと持たせてあげるよ。」
悚然《ぞっ》として、糸七は不思議に女の肌を感じた。
「昨夜《ゆうべ》ふられているんだい。」
「おや。」
背中を、どしんと撲《くら》わせた。
「こいつ、こいつ。――しかし、さすがに上杉先生のお仕込みだ、もてたと言わない。何だ、見ろ。耳朶《みみたぶ》に女の髪の毛が巻きついているじゃないか。」
「頭巾を借りて被《かぶ》ったから、矢野《きみ》のだよ。ああ、何だか、急に、むずむずする。」
「長いなあ、長い、細い、真漆《まうるし》。……口惜《くやし》いが、俺のはこんな美人じゃない。待てここは二瀬よ。藍染川へ、忍川へ……流すは惜しい、桜の枝へ……」――
桜の枝が、たよたよして、しずれ落ちに雪がさらさらと落ちて、巻きかけた一筋のその黒髪の丈を包んだ。
上野の山の松杉の遠く真白《まっしろ》な中から、柳が青く綾《あや》に流れて、御堂
前へ
次へ
全151ページ中112ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング