きなり窓の外を、棟を飛んで、避雷針の上へ出そうに見える。
カーネーション、フリージヤの陰へ、ひしゃげた煙管《きせる》を出して点《つ》けようとしていたが、火燧《マッチ》をパッとさし寄せられると、かかる騎士に対して、脂下《やにさが》る次第には行《ゆ》かない。雁首《がんくび》を俯向《うつむ》けにして、内端《うちわ》に吸いつけて、
「有難う。」
と、まず落着こうとして、ふと、さあ落着かれぬ。
「はてな、や、忘れた。」
「え。」
「下足札。」
吃驚《びつくり》したように顔を見たが、
「そこに穿《は》いていらっしゃるじゃないの。」
実は外套を預けた時、札を貰わなかったのを、うっかりと下足札。ああ、面目次第もない。
騎士《ナイト》が悟って、おかしがって、笑う事笑う事、上身をほとんど旋廻して、鎧《よろい》の腹筋《はらすじ》を捩《よ》る処へ、以前のが、銚子を持参。で、入れかわるように駆出した。
「お帽子も杖《ステッキ》も、私が預ったじゃありませんか。安心してめしあがれ。あの方、今日は会計係、がちゃがちゃん、ごとンなの。……お酌をしますわ。」
やがて少々、とろりとなって、「さてそこへ立っていちゃ、ああ成程――風紀上、尤《もっとも》です……と、従って杯は。」
「さあ。(あたりを忍び目、カーテンばかり。)ちょっと一杯《ひとつ》ぐらい……お盃洗がなくて不可《いけ》ませんわね。」
「いや、特に感謝します、結構です。」
「あの、番町さん。私あの辺を知っていますわ。――学院の出ですもの。」
「ほう、すると英学者だ、そのお酌では恐縮です、が超恐縮で、光栄です。」
焼を念入に注意したが、もう出来たろうと、そこで運出《はこびだ》した一枚は、胸を引いて吃驚するほどな大皿に、添えものが堆《うずたか》く、鳥の片股《かたもも》、譬喩《たとえ》はさもしいが、それ、支配人が指を三本の焼芋を一束《ひとつか》ねにしたのに、ズキリと脚がついた処は、大江山の精進日の尾頭ほどある、ピカピカと小刀《ナイフ》、肉叉《フォーク》、これが見事に光るので、呆れて見ていると、あがりにくくば、取分けて、で、折返して小さめの、皿に、小形小刀の、肉叉がまたきらりと光る。
「ご念の入った事で……光栄です、ありがたい。」
「……お気にめして……おいしいこと。……まあ、嬉しい。それはね、手で持って、めしあがって、結構よ。」
「構いませ
前へ
次へ
全76ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング