を拾った事がある。小銅五厘|也《なり》、交番へ届けると、このお捌《さば》きが面白い、「若《おはん》、金鍔《きんつば》を食うが可《よ》かッ。」勇んで飛込んだ菓子屋が、立派過ぎた。「余所《よそ》へ行きな、金鍔一つは売られない。」という。そこで焼芋。
 と、活機《きっかけ》に作者が、
「三つ。」
 声と共に、※[#「口+阿」、第4水準2−4−5]※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《あうん》の呼吸で、支配人が指を三本。……こうなると焼芋にも禅がある。
 が、何しろ、煮豆だの、芋※[#「くさかんむり/哽のつくり」、72−15]殻だのと相並んで、婆やが持出した膳もさめるし、新聞の座がさめる。ものが清新でないのである。
 不精髯《ぶしょうひげ》も大分のびた。一つ髪でも洗って来ようと、最近人に教えられ、いくらか馴染になった、有楽町辺の大石造館十三階、地階の床屋へ行くと、お帽子お外套というも極《きま》りの悪い代《しろ》ものが釦《ぼたん》で棚へ入って、「お目金、」と四度半が手近な手函《てばこ》へ据《すわ》る、歯科のほかでは知らなかった、椅子がぜんまいでギギイと巻上る……といった勢《いきおい》。しゃぼんの泡は、糸七が吉原返りに緒をしめた雪の烏帽子ほどに被《かぶ》さる。冷い香水がざっと流れる。どこか場末の床店《とこみせ》が、指の尖《さき》で、密《そっ》とクリームを扱《こ》いて掌《て》で広げて息で伸ばして、ちょんぼりと髯剃あとへ塗る手際などとは格別の沙汰で、しかもその場末より高くない。
 お職人が念のために、分け目を熟《じっ》と瞻《み》ると、奴《やっこ》、いや、少年の助手が、肩から足の上まで刷毛《はけ》を掛ける。「お麁末様《そまつさま》。」「お世話でした。」と好《い》い気持になって、扉《ドア》を出ると、大理石の床続きの隣、パール(真珠)と云うレストランに青衿菫衣《せいきんきんい》の好女子ひとりあり、緑扉《りょくひ》に倚《よ》りて佇《たたず》めり。
「番町さん。」
「…………」
「泉さん。」
 驚いて縮めた近目の皺《しわ》を、莞爾《にっこり》……でもって、鼻の下まで伸ばさせて、
「床屋へお入んなったのを……どうもそうらしいと思ったもんですから、お帰り時分を待っていたの、寄ってらっしゃいよ。」
「は、いや、その。」
 ああ、そうか、思い出した。この真珠《パール》の本店が築地の割烹《かっぽ
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