ひとし》く扇子を膝に支《つ》いて身体《からだ》ごと向直る……それにさえ一息して、
「それは表門でござった……坂も広い。私が覚えたのは、もそっと道が狭うて、急な上坂《のぼりざか》の中途の処、煉瓦塀《れんがべい》が火のように赤う見えた。片側は一面な野の草で、蒸《いき》れの可恐《おそろし》い処でありましたよ。」
「それは裏門でございますよ。道理こそ、この森を抜けられまいか、とお尋ねなさった、お目当は違いませぬ。森の中から背面《うしろ》の大畠《おおばたけ》が抜けられますと道は近うございますけれども、空地でもそれが出来ませんので、これから、ずっと煙硝庫《えんしょうぐら》の黒塀について、上《のぼ》ったり、下《くだ》ったり、大廻りをなさらなければなりませぬ。何でございますか、女学校に御用事はございませんか。それだと表門でも用は足りましょうでござりますよ。」と婆さんは一度掛けた腰掛をまた立って、森を覗《のぞ》いたり、通《とおり》を視《み》たり。
「いやいや、そこを目当に、別に尋ねます処があります。」
「ちゃんとわかっているんですかい、おいでなさる先方《さき》ってのは。こう寂しくって疎在《まばら》でね、
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