多い申すまい。……この蕎麦掻が、よう似ました。……
やあ、雁《がん》が鳴きます。」
「おお、……雁《かり》が鳴く。」
与五郎は、肩をせめて胸をわななかして、はらはらと落涙した。
「お爺様、さ、そして、懐炉《かいろ》をお入れなさいまし、懐中《ふところ》に私《わたくし》が暖めて参りました。母も胸へ着けましたよ。」
「ええ!」と思わず、皺手《しわで》をかけたは、真綿のようなお町の手。
「親御様へお心遣い……あまつさえ外道《げどう》のような老人へ御気扱《おきあつかい》、前《ぜん》お見上げ申したより、玉を削って、お顔にやつれが見えます。のう……これは何をお泣きなさる。」
「胸がせまって、ただ胸がせまって――お爺様、貴老《あなた》がおいとしゅうてなりません。しっかり抱いて上げたいわねえ。」と夜半《よなか》に莟《つぼ》む、この一輪の赤い花、露を傷《いた》んで萎《しお》れたのである。
人は知るまい。世に不思議な、この二人の、毛布《けっと》にひしと寄添《よりそ》ったを、あの青い石の狐が、顔をぐるりと向けて、鼻で覗《のぞ》いた……
「これは……」
老人は懐炉を取って頂く時、お町が襟を開くのに搦《
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