袖にかくして持ってござった。それを柿の樹の大《おおき》な葉の桐のような影で食べました。鬼瓦ではなけれども、その時に涙を流いて、やがて、立って、月を見れば、棟を見れば、鬼瓦を見れば、ほろほろと泣けました。
さて、その娘が縁あって、われら宿の妻に罷成《まかりな》る、老人三十二歳の時。――あれは一昨年《おととし》果てました。老《おい》の身の杖柱、やがては家の芸のただ一|人《にん》の話|対手《あいて》、舞台で分別に及ばぬ時は、師の記念《かたみ》とも存じ、心腹を語ったに――いまは惜《おし》からぬ生命《いのち》と思い、世に亡い女房が遺言で、止《や》めい、と申す河豚を食べても、まだ死ねませぬは因果でござるよ。
この度の釣狐も、首尾よく化澄《ばけす》まし、師匠の外聞、女房の追善とも思詰《おもいつ》めたに、式《かた》のごとき恥辱を取る。
さて、申すまじき事なれども、せんだって計らずもおがみました、貴方《あなた》のお姿、お顔だちが、さてさて申すまじき事なれども、過去りました、あの、そのものに、いやいや貴女《あなた》、令嬢《おあねえさま》、貴女とは申すまい、親御でおわす母君が。いやいや……恐《おそれ》
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