塗《しゅぬり》の鳥居で、優しい姿を迎えたれば、あたかも紅《くれない》の色を染めた錦木《にしきぎ》の風情である。
 一方は灰汁《あく》のような卵塔場、他は漆《うるし》のごとき崖である。
 富士見の台なる、茶枳尼天《だきにてん》の広前で、いまお町が立った背後《うしろ》に、
 此《こ》の一廓《かく》、富士見稲荷鎮守の地につき、家々の畜犬堅く無用たるべきもの也《なり》。地主。
 と記した制札が見えよう。それからは家続きで、ちょうどお町の、あの家《うち》の背後《うしろ》に当る、が、その間に寺院《てら》のその墓地がある。突切《つッき》れば近いが、避《よ》けて来れば雷神坂の上まで、土塀を一廻りして、藪畳《やぶだたみ》の前を抜ける事になる。
 お町は片手に、盆の上に白い切《きれ》を掛けたのを、しなやかな羽織の袖に捧げていた。暗い中に、向うに、もう一つぼうと白いのは涎掛《よだれかけ》で、その中から目の釣った、尖《とが》った真蒼《まっさお》な顔の見えるのは、青石の御前立《おんまえだち》、この狐が昼も凄い。
 見込んで提灯が低くなって、裾が鳥居を潜《くぐ》ると、一体、聖心女学院の生徒で、昼は袴《はかま》を穿
前へ 次へ
全62ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング