で見掛ける。いつも雷神坂を下りて、この町内をとぼくさとぼくさ。その癖のん気よ。角の蕎麦屋から一軒々々、きょろりと見ちゃ、毎日おなじような独語《ひとりごと》を言わあ。」
「其奴が、(もりかけ二銭とある)だな、生意気だな、狂人《きちがい》の癖にしやあがって、(場末)だなんて吐《ぬか》しやがって。」と歯入屋が、おはむき[#「おはむき」に傍点]の世辞を云って、女房《かみさん》達をじろりと見る奴《やつ》。
「それからキミョウニナオル丸、牛豚開店までやりやがって、按摩《あんま》ン許《とこ》が蒲生鉄斎、たつじんだ、土瓶だとよ、薬罐《やかん》めえ、笑《わら》かしやがら。何か悪戯《いたずら》をしてやろうと思って、うしろへ附いちゃあ歩行《ある》くから、大概口上を覚えたぜ。今もね、そこへ来たんぜ。」
「来るえ。」と、一所に云う。
「見ねえ、一番、尻尾を出させる考えを着けたから、駈抜《かけぬ》けて先へ来たんだ。――そら、そら、来たい、あの爺だ――ね。」
と、琴曲の看板を見て、例のごとく、帽子も被《かぶ》らず、洋傘《こうもり》を支《つ》いて、据腰《すえごし》に与五郎老人、うかうかと通りかかる。
「あれ! 何を
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