牛豚開店と見ゆる。見世《みせ》ものではない。こりゃ牛鋪《ぎゅうや》じゃ。が、店を開くは、さてめでたいぞ。
ほう、按腹鍼療《あんぷくしんりょう》、蒲生《がもう》鉄斎、蒲生鉄斎、はて達人ともある姓名じゃ。ああ、羨《うらやま》しい。おお、琴曲《きんきょく》教授。や、この町にいたいて、村雨松風の調べ。さて奥床《おくゆかし》い事のう。――べ、べ、べ、べッかッこ。」
と、ちょろりと舌を出して横舐《よこなめ》を、遣《や》ったのは、魚勘《うおかん》の小僧で、赤八、と云うが青い顔色《がんしょく》、岡持を振《ぶ》ら下げたなりで道草を食散らす。
三光町の裏小路、ごまごまとした中を、同じ場末の、麻布田島町へ続く、炭団《たどん》を干した薪屋《まきや》の露地で、下駄の歯入れがコツコツと行《や》るのを見ながら、二三人共同栓に集《あつま》った、かみさん一人、これを聞いて、
「何だい、その言種《いいぐさ》は、活動写真のかい、おい。」
「違わあ。へッ、違いますでござんやすだ。こりゃあ、雷神坂上の富士見の台の差配のお嬢さんに惚《ほ》れやあがってね。」
「ああ、あの別嬪《べっぴん》さんの。」
「そうよ、でね、其奴《そい
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