あった。
「舞、手踊、振、所作のおたしなみは格別、当世西洋の学問をこそ遊ばせ、能楽の間《あい》の狂言のお心得あろうとはかつて存ぜぬ。
あるいは、何かの因縁で、斯道《このみち》なにがしの名人のこぼれ種、不思議に咲いた花ならば、われらのためには優曇華《うどんげ》なれども、ちとそれは考え過ぎます。
それとも当時、新しいお学問の力をもってお導き下さりょうか。
さりとて痩《や》せたれども与五郎、科《しな》や、振《ふり》は習いませぬぞよ。師は心にある。目にある、胸にある……
近々とお姿を見、影を去って、跪《ひざまず》いて工夫がしたい! 折入ってお願いは、相叶《あいかな》うことならば、お台所の隅、お玄関の端になりとも、一七日《ひとなぬか》、二七日《ふたなぬか》、お差置きを願いたい。」
「本気か、これ、おい。」と家主が怒鳴った。
胸を打って、
「血判でござる。成らずば、御門、溝石の上になりとも、老人、腰掛に弁当を持参いたす。平に、この儀お聞済《ききずみ》が願いたい。
口惜《くちおし》や、われら、上根《じょうこん》ならば、この、これなる烏瓜|一顆《ひとつ》、ここに一目、令嬢《おあねえさま》を
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