時に蒼空《あおぞら》の澄渡《すみわた》った、」
と心激しくみひらけば、大なる瞳、屹《きっ》と仰ぎ、
「秋の雲、靉靆《あいたい》と、あの鵄《とび》たちまち孔雀《くじゃく》となって、その翼に召したりとも思うお姿、さながら夢枕にお立ちあるように思出しましたは、貴女《あなた》、令嬢様《おあねえさま》、貴女の事じゃ。」
お町は謹《つつしん》で袖を合せた。玉あたたかき顔《かんばせ》の優《やさし》い眉の曇ったのは、その黒髪の影である。
「老人、唯今の心地を申さば、炎天に頭《こうべ》を曝《さら》し、可恐《おそろし》い雲を一方の空に視《み》て、果てしもない、この野原を、足を焦《こが》し、手を焼いて、徘徊《さまよ》い歩行《ある》くと同然でござる。時に道を教えて下された、ああ、尊さ、嬉《うれし》さ、おん可懐《なつかし》さを存ずるにつけて……夜汽車の和尚の、室《へや》をぐるりと廻った姿も、同じ日の事なれば、令嬢《おあねえさま》の、袖口から、いや、その……あの、絵図面の中から、抜出《ぬけだ》しましたもののように思われてなりませぬ。
さように思えば、ここに、絵図面をお展《ひら》き下されて、貴女と二人立って見
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