茶店が一張《ひとはり》。片側に立樹の茂った空地の森を風情にして、如法《にょほう》の婆さんが煮ばなを商う。これは無くてはなるまい。あの、火薬庫を前途《まえ》にして目黒へ通う赤い道は、かかる秋の日も見るからに暑くるしく、並木の松が欲しそうであるから。
老人は通りがかりにこれを見ると、きちんと畳んだ手拭で額の汗を拭《ふ》きながら、端の方の床几《しょうぎ》に掛けた。
「御免なさいよ。」
「はいはい、結構なお日和《ひより》でございます。」
「されば……じゃが、歩行《ある》くにはちと陽気過ぎますの。」
と今時、珍しいまで躾《たしなみ》の可《い》い扇子を抜く。
「いえ、御隠居様、こうして日蔭に居《お》りましても汗が出ますでございますよ。何ぞ、シトロンかサイダアでもめしあがりますか。」と商売は馴《な》れたもの。
「いやいや、老人《としより》の冷水とやら申す、馴れた口です。お茶を下され。」
「はいはい。」
ちと横幅の広い、元気らしい婆さん。とぼけた手拭、片襷《かただすき》で、古ぼけた塗盆へ、ぐいと一つ形容の拭巾《ふきん》をくれつつ、
「おや、坊ちゃん、お嬢様。」と言う。
十一二の編《あみ》さげで
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