を緊張せしめる。
 老人もう一倍腰を屈《かが》めて、
「えい、この辺に聖人と申す学校がござりまする筈《はず》で。」
「知らん。」と、苦い顔で極附《きめつ》けるように云った。
「はッ、これはこれは御無礼至極な儀を、実《まこと》に御歩《おみあし》を留めました。」
 がたがたと下りかかる大八車を、ひょいと避けて、挨拶《あいさつ》に外した手拭も被らず、そのまま、とぼんと行《ゆ》く。頭《つむり》の法体《ほったい》に対しても、余り冷淡だったのが気の毒になったのか。
「ああ聖心女学校ではないのかい、それなら有ッじゃね。」
「や、女子《おなご》の学校?」
「そうですッ。そして聖人ではない、聖心、心《こころ》ですが。」
「いかさま、そうもござりましょう。実はせんだって通掛《とおりかか》りに見ました。聖、何とやらある故に、聖人と覚えました。いや、老人|粗忽《そこつ》千万。」
 と照れたようにその頭をびたり……といった爺様《じいさま》なのである。

       二

 その女学校の門を通過ぎた処に、以前は草鞋《わらじ》でも振《ぶ》ら下げて売ったろう。葭簀張《よしずばり》ながら二坪ばかり囲《かこい》を取った
前へ 次へ
全62ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング