》ねたように見えました処、汽車が、ぐらぐらと揺れ出すにつけて、吹散った体《てい》になって消えました、と申すが、怪しいでは決してござらぬ。居所が離れ陰気な部屋の深いせいで、また寂《さびし》い汽車でござったのでの。
 さて、品川も大森も、海も畠《はた》も佳《い》い月夜じゃ。ざんざと鳴るわの。蘆《あし》の葉のよい女郎《じょろうし》、口吟《くちずさ》む心持、一段のうちに、風はそよそよと吹く……老人、昼間息せいて、もっての外|草臥《くたび》れた処へ酔がとろりと出ました。寝るともなしに、うとうととしたと思えば、さて早や、ぐっすりと寝込んだて。
 大船、おおふなと申す……驚破《すわ》や乗越す、京へ上るわ、と慌《あわただ》しゅう帯を直し、棚の包を引抱《ひんだ》いて、洋傘《こうもり》取るが据眼《すえまなこ》、きょろついて戸を出ました。月は晃々《こうこう》と露もある、停車場のたたきを歩行《ある》くのが、人におくれて我一人……
 ひとつ映りまする我が影を、や、これ狐にもなれ、と思う心に連立って、あの、屋根のある階子《はしご》を上る、中空《なかぞら》に架《か》けた高い空橋《からはし》を渡り掛ける、とな、令嬢《
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