らみ、心も弱果《よわりは》てました。処へ、煙硝庫《えんしょうぐら》の上と思うに、夕立模様の雲は出ます。東西も弁《わきま》えぬこの荒野《あれの》とも存ずる空に、また、あの怪鳥《けちょう》の鳶の無気味さ。早や、既に立窘《たちすく》みにもなりましょうず処――令嬢《おあねえさま》お姿を見掛けましたわ。
さて、地獄で天女とも思いながら、年は取っても見ず知らぬ御婦人には左右《そう》のうはものを申し難《にく》い。なれども、いたいけに児《こ》をあやしてござる。お優しさにつけ、ずかずかと立寄りまして、慮外ながら伺いましたじゃ。
が、御存じない。いやこれは然《さ》もそう、深窓に姫御前《ひめごぜ》とあろうお人の、他所《よそ》の番地をずがずがお弁別《わきまえ》のないはその筈《はず》よ。
硫黄《いおう》が島の僧都《そうず》一人、縋《すが》る纜《ともづな》切れまして、胸も苦しゅうなりましたに、貴女《あなた》、その時、フトお思いつきなされまして、いやとよ、一段の事とて、のう。
御|妙齢《としごろ》なが見得もなし。世帯崩しに、はらはらとお急ぎなされ、それ、御家の格子をすっと入って、その時じゃ――その時覚えまし
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