。この邸町、御宅の処で、迷いに迷いました、路を尋ねて、お優しく御懇《ごねんごろ》に、貴女にお導きを頂いた老耄でござるわよ。」
と、家主の前も忘れたか、気味の悪いほど莞爾々々《にこにこ》する。
「の、令嬢《おあねえさま》。」
「ああ、存じております。」
鶴は裾《すそ》まで、素足の白さ、水のような青い端緒《はなお》。
九
「貴女はその時、お隣家《となり》か、その先か、門に梅の樹の有る館《やかた》の前に、彼家《あすこ》の乳母《ばあや》と見えました、円髷《まるまげ》に結うた婦《おんな》の、嬰坊《あかんぼ》を抱いたと一所に、垣根に立ってござって……」
と老人は手真似して、
「ちょうちちょうちあわわ、と云うてな、その児《こ》をあやして、お色の白い、手を敲《たた》いておいでなさる。処へ、空車《からぐるま》を曳《ひ》かせて老人、車夫めに、何と、ぶつぶつ小言を云われながら迷うて参った。
尋ねる家《うち》が、余り知れないで、既に車夫にも見離されました。足を曳いて、雷神坂と承る、あれなる坂をば喘《あえ》ぎましてな。
一旦、この辺《あたり》も捜したなれども、かつて知れず、早や目もく
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