たと言いたい。
ねえ、老人。
いやさ、貴公、貴公|先刻《さっき》から、この町内を北から南へ行ったり来たり、のそのそ歩行《ある》いたり、窺《うかが》ったり、何ぞ、用かと云うのだ。な、それだに因ってだ。」
もの云う頬がだぶだぶとする。
「されば……」
「いやさ、さればじゃなかろう。裏へ入れば、こまごまとした貸家もある、それはある。が、表のこの町内は、俺《おれ》が許《とこ》と、あと二三軒、しかも大々とした邸だ。一遍通り門札《かどふだ》を見ても分る。いやさ、猫でも、犬でも分る。
一体、何家《どこ》を捜す? いやさ捜さずともだが、仮にだ。いやさ、七《しち》くどう云う事はない、何で俺が門を窺《うかご》うた。唐突《だしぬけ》に窓を覗《のぞ》いたんだい。」
すっと出て、
「さては……」
「何が(さては。)だい。」
と噛《か》んでいた小楊枝《こようじ》を、そッぽう向いて、フッと地へ吐く。
八
老人は膝に扇子《おおぎ》、恭《うやうや》しく腰を屈《かが》め、
「これは御大人《ごたいじん》、お初に御意を得ます、……何とも何とも、御無礼の段は改めて御詫《おわび》をします。
さて
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