これは大沼勘六が事じゃ。」と云った。
ここに老人が呟《つぶや》いた、大沼勘六、その名を聞け、彼は名取《なとり》の狂言師、鷺流《さぎりゅう》当代の家元である。
七
「料理が、まずくて、雁《がん》もどきがうまい、……と云うか。人も違うて、芸にこそよれ、じゃが、成程まずいか、ははっ。」
溜息を深うして、
「ややまた、べらぼうとある……はあ、いかさま、この(――)長いのが、べら棒と云うものか。」
あたかも、差置いた洋傘《こうもり》の柄につながった、消炭《けしずみ》で描《か》いた棒を視《なが》めて、虚気《うつけ》に、きょとんとする処へ、坂の上なる小藪《こやぶ》の前へ、きりきりと舞って出て、老人の姿を見ると、ドンと下りざまに大《おおき》な破靴《やぶれぐつ》ぐるみ自転車をずるずると曳《ひ》いて寄ったは、横びしゃげて色の青い、猿眼《さるまなこ》の中小僧。
「やい!」と唐突《だしぬけ》に怒鳴付《どなりつ》けた。
と、ひょろりとする老人の鼻の先へ、泥を掴《つか》んだような握拳《げんこ》を、ぬっと出して、
「こン爺《じじ》い、汝《てめえ》だな、楽書をしやがるのは、八百半の料理がまず
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