あ》いて、二人を、裡《うち》へ吸って、ずーんと閉った。
 保険か何ぞの勧誘員が、紹介人と一所に来たらしい風采《ふうつき》なのを、さも恋路ででもあるように、老人感に堪えた顔色《かおつき》で、
「ああああ、うまうまと入ったわ――女の学校じゃと云うに。いや、この構えは、さながら二の丸の御守殿とあるものを、さりとては羨《うらやま》しい。じゃが、女に逢うには服礼《あれ》が利益《まし》かい。袴に、洋服よ。」
 と気が付いた……ものらしい……で、懐中《ふところ》へ顎《あご》で見当をつけながら、まずその古めかしい洋傘《こうもり》を向うの亜鉛塀《トタンべい》へ押《おし》つけようとして、べたりと塗《ぬり》くった楽書《らくがき》を読む。
「何じゃ――(八百半《やおはん》の料理はまずいまずい、)はあ、可厭《いや》な事を云う、……まるで私《わし》に面当《つらあて》じゃ。」
 ふと眉を顰《しか》めた、口許が、きりりと緊《しま》って、次なるを、も一つ読む。
「――(小森屋の酒は上等。)ふんふん、ああたのもしい。何じゃ、(但し半分は水。)……と、はてな……?
 勘助のがんもどきは割にうまいぞ――むむむむ割にうまいか、
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