そこそと立退《たちの》いたのは、日当りの可《い》い出窓の前で。
「違うかの。」と独言《ひとりごと》。変に、跫音《あしおと》を忍ぶ形で、そのまま通過ぎると、女学校のその通用門を正面《まとも》に見た。
「このあたり……ああ緑青色の鳶じゃ、待て、待て、念のためよ。」
 あの、輝くのは目ではないか、もし、それだと、一伸《ひとの》しに攫《さら》って持って行《ゆ》かれよう。金魚の木伊乃《みいら》に似たるもの、狐の提灯、烏瓜を、更《あらた》めて、蝙蝠傘の柄ぐるみ、ちょうと腕長に前へ突出し、
「迷うまいぞ、迷うな。」
 と云い云い……(これ、これ、いやさ、これ。……)ここに言咎《いいとが》められている処は、いましがた一度通ったのである。
 そこを通って、両方の塀の間を、鈍い稲妻形に畝《うね》って、狭い四角《よつかど》から坂の上へ、にょい、と皺面《しわづら》を出した……
 坂下の下界の住人は驚いたろう。山の爺《おじ》が雲から覗《のぞ》く。眼界|濶然《かつぜん》として目黒に豁《ひら》け、大崎に伸び、伊皿子《いさらご》かけて一渡り麻布《あざぶ》を望む。烏は鴎《かもめ》が浮いたよう、遠近《おちこち》の森は晴れ
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