の長々とした塀になる。――人通りも何にも無い。地図の上へ鉛筆で楽書《らくがき》したも同然な道である。
 そこを――三光坂上の葭簀張《よしずばり》を出た――この老人はうら枯《がれ》を摘んだ籠《かご》をただ一人で手に提げつつ、曠野《あらの》の路を辿《たど》るがごとく、烏瓜のぽっちりと赤いのを、蝙蝠傘《こうもりがさ》に搦《から》めて支《つ》いて、青い鳶を目的《めあて》に、扇で日を避け、日和下駄を踏んで、大廻りに、まずその寂しい町へ入って来たのであった。
 いや、火薬庫の暗い森を背中から離すと、邸構えの寂しい町も、桜の落葉に日が燃えて、梅の枝にほんのりと薄綿の霧が薫る……百日紅《さるすべり》の枯れながら、二つ三つ咲残ったのも、何となく思出《おもいで》の暑さを見せて、世はまださして秋の末でもなさそうに心強い。
 そこをあちこち、覗《のぞ》いたり、視《み》たり、立留《たちどま》ったり、考えたり、庭前《にわさき》、垣根、格子の中。
「はてな。」
 屋の棟を仰いだり、後退《あとずさ》りをまたしてみたり。
「確《たしか》に……」
 歩行《あるき》出して、
「いや、待てよ……」
 と首を窘《すく》めて、こ
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