《もた》せながら、畳んで懐中《ふところ》に入れていた、その羽織を引出して、今着直した処なのである。
 また妙な処で御装束。
 雷神山の急昇りな坂を上《あが》って、一畝《ひとうね》り、町裏の路地の隅、およそ礫川《こいしかわ》の工廠《こうしょう》ぐらいは空地《くうち》を取って、周囲《ぐるり》はまだも広かろう。町も世界も離れたような、一廓《ひとくるわ》の蒼空《あおぞら》に、老人がいわゆる緑青色の鳶《とび》の舞う聖心女学院、西暦を算して紀元幾千年めかに相当する時、その一部分が武蔵野の丘に開いた新開の町の一部分に接触するのは、ただここばかりかも知れぬ。外廓《がいかく》のその煉瓦と、角邸《かどやしき》の亜鉛塀とが向合って、道の幅がぎしりと狭い。
 さて、その青鳶《あおとび》も樹に留《とま》った体《てい》に、四階造《しかいづくり》の窓硝子《まどがらす》の上から順々、日射《ひざし》に晃々《きらきら》と数えられて、仰ぐと避雷針が真上に見える。
 この突当りの片隅が、学校の通用門で、それから、ものの半町程、両側の家邸。いずれも雑樹林や、畑《はた》を抱く。この荒地《あれち》の、まばら垣と向合ったのが、火薬庫
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