点すか。面白い。」
 扇子を颯《さっ》と胸に開くと、懐中《ふところ》を広く身を正して、
「どれ、どこに……おお、あの葉がくれに点《とぼ》れて紅《あか》いわ。お職人、いい事を云って下さった。どれ一つぶら下げて参るとします。」
「ああ、隠居さん、気に入ったら私《わっし》が引《ひっ》ちぎって持って来らあ。……串戯《じょうだん》にゃ言ったからって、お年寄《としより》のために働くんだ。先祖代々、これにばかりは叱言《こごと》を言うめえ、どっこい。」と立つ。
 老人《としより》は肩を揉《も》んで、頭《こうべ》を下げ、
「これは何ともお手を頂く。」
「何の、隠居さん、なあ、おっかあ、今日は父親《おやじ》の命日よ。」
 と、葭簀《よしず》を出る、と入違いに境界の柵の弛《ゆる》んだ鋼線《はりがね》を跨《また》ぐ時、莨《たばこ》を勢《いきおい》よく、ポンと投げて、裏つきの破《やぶれ》足袋、ずしッと草を踏んだ。
 紅いその実は高かった。
 音が、かさかさと此方《こなた》に響いて、樹を抱いた半纏は、梨子《なし》を食った獣《けもの》のごとく、向顱巻《むこうはちまき》で葉を分ける。
「気を付きょうぞ。少《わか》い人
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