て行《ゆ》く事もならねえしと……隠居さん、提灯《ちょうちん》でも上げてえようだ。」
「夜だとほんとうにお貸し申すんだがねえ。」
「どうですえ、その森ン中の暗い枝に、烏瓜ッてやつが点《とも》っていまさあ。真紅《まっか》なのは提灯みたいだ。ねえ、持っておいでなさらねえか、何かの禁厭《おまじない》になろうも知れませんや。」
「はあ、烏瓜の提灯か。」
 目を瞑《つむ》って、
「それも一段の趣じゃが、まだ持って出たという験《ためし》を聞かぬ。」と羽織を脱いでなお痩《や》せた二の腕を扇子で擦《さす》る。

       四

「凍傷《しもやけ》の薬を売ってお歩行《ある》きなさりはしまいし、人。」
 と婆さんは、老いたる客の真面目なのを気の毒らしく、半纏着の背中を立身《たちみ》で圧《おさ》えて、
「可《い》い加減な、前例《ためし》にも禁厭《まじない》にも、烏瓜の提灯《ちょうちん》だなんぞと云って、狐が点《とぼ》すようじゃないかね。」
「狐が点す……何。」
 と顔を蔽《おお》うた皺《しわ》を払って、雲の晴れた目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》る、と水を切った光が添った。
「何、狐が
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