《は》く深い裾も――風情は萩の花で、鳥居もとに彼方《あなた》、此方《こなた》、露ながら明《あかる》く映って、友染《ゆうぜん》を捌《さば》くのが、内端《うちわ》な中に媚《なまめ》かしい。
 狐の顔が明先《あかりさき》にスッと来て近《ちかづ》くと、その背後《うしろ》へ、真黒《まっくろ》な格子が出て、下の石段に踞《うずくま》った法然《ほうねん》あたまは与五郎である。
 老人は、石の壇に、用意の毛布《けっと》を引束《ひったば》ねて敷いて、寂寞《ひっそり》として腰を据えつつ、両手を膝に端坐した。
「お爺様。」
 と云う、提灯の柄が賽銭箱《さいせんばこ》について、件《くだん》の青狐の像と、しなった背中合せにお町は老人の右へ行《ゆ》く。
「やあ、」
 もっての外元気の可《い》い声を掛けたが、それまで目を瞑《つぶ》っていたらしい、夢から覚めた面色《おももち》で、
「またしてもお見舞……令嬢《おあねえさま》、早や、それでは痛入《いたみい》る。――老人にお教へ下さると云うではなけれど、絵図面が事の起因《おこり》ゆえ、土地に縁があろうと思えば、もしや、この明神に念願を掛けたらば――と貴女《あなた》がお心付け下された。暗夜《やみよ》に燈火《ともしび》、大智識のお言葉じゃ。
 何か、わざと仔細《しさい》らしく、夜中にこれへ出ませいでもの事なれども、朝、昼、晩、日のあるうちは、令嬢《おあねえさま》のお目に留《とま》って、易からぬお心遣い、お見舞を受けまする。かつは親御様の前、別して御尊父に忍んで遊ばす姫御前《ひめごぜん》の御身《おんみ》に対し、別事あってならぬと存じ、御遠慮を申すによって、わざと夜陰を選んで参りますものを、何としてこの暗いに。これでは老人、身の置きどころを覚えませぬ。第一|唯今《ただいま》も申す親御様に、」
「いえ、母は、よく初手からの事を存じております。煩っておりませんと、もっと以前にどうにもしたいのでございますッて。ほんとうにお爺様、貴老《あなた》の御心労をお察し申して、母は蔭ながら泣いております。」
「ああ、勿体至極《もったいしごく》もござらん。その儀もかねてうけたまわり、老人心魂に徹しております。」
「私も一所に泣くんですわ。ほんとうに私の身体《からだ》で出来ます事でしたら、どうにもしてお上げ申したいんでございますよ。それこそね、あの、貴老《あなた》が遊ばす、お狂言の罠
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