、落ちまい……」と伸上る。
「大丈夫でございますよ。電信柱の突尖《とっさき》へ腰を掛ける人でございますからね。」
「むむ、侠勇《いさみ》じゃな……杖とも柱とも思うぞ、老人、その狐の提灯で道を照《てら》す……」
「可厭《いや》ではございませんかね、この真昼間《まっぴるま》。」
「そこが縁起じゃ、禁厭《まじない》とも言うのじゃよ、金烏玉兎《きんうぎょくと》と聞くは――この赫々《あかあか》とした日輪の中には三脚の鴉《からす》が棲《す》むと言うげな、日中《ひなか》の道を照す、老人が、暗い心の補助《おぎない》に、烏瓜の灯《ともしび》は天の与えと心得る。難有《ありがた》い。」と掌《たなそこ》を額に翳《かざ》す。
 婆さんは希有《けう》な顔して、
「でも、狐火《きつねび》か何ぞのようで、薄気味が悪いようでございますね。」
「成程、……狐火、……それは耳より。ふん……かほどの森じゃ、狐も居《お》ろうかの。」
「ええ、で、ございますのでね、……居りますよ。」
「見たか。」
「前《ぜん》には、それは見たこともございますとも。」
 老人これを聞くと腰を入れて、
「ああ、たのもしい。」
「ええ……」
 と退《しさ》った、今のその……たのもしい老人の声の力に圧《お》されたのである。
「さて、鳴くか。」
「へい?……」
「やはりその、」
 と張肱《はりひじ》になった呼吸《いき》を胸に、下腹《したはら》を、ずん、と据えると、
「カーン! というて?」
 どさりと樹から下りた音。瓜がぶらり、赤く宙に動いて、カラカラと森に響く。
 婆さんの顔を見よ。
 半纏着が飛んで帰って、同じくきょとつく目を合せた。
「驚いた……烏が一斉《いっとき》に飛びやあがった。何だい、今の、あの声は。……烏瓜を※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《もぎ》っただけで下りりゃ可《い》いのに、何だかこう、樹の枝に、茸《きのこ》があったもんだから。」

       五

「これ、これ、いやさ、これ。」
「はあ、お呼びなされたは私《てまえ》の事で。」
 と、羽織の紐を、両手で結びながら答えたのは先刻《さっき》の老人。一方|青煉瓦《あおれんが》の、それは女学校。片側波を打った[#「打った」は底本では「打つた」]亜鉛塀《トタンべい》に、ボヘミヤ人の数珠のごとく、烏瓜を引掛《ひっか》けた、件《くだん》の繻子張《しゅすばり》を凭
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