ば、すぐに誰か出て来るからつて、女中が然《そ》う言つて居たんですから。」とまた玉江が言ふ。
 成程《なるほど》、島を越した向う岸の萩《はぎ》の根に、一人乗るほどの小船《こぶね》が見える。中洲《なかず》の島で、納涼《すずみ》ながら酒宴をする時、母屋《おもや》から料理を運ぶ通船《かよいぶね》である。
 玉野さへ興《きょう》に乗つたらしく、
「お嬢様、船を少し廻しますわ。」
「だつて、こんな池で助船《たすけぶね》でも呼んで覧《み》たが可《い》い、飛んだお笑ひ草で末代《まつだい》までの恥辱ぢやあないか。あれお止《よ》しよ。」
 と言ふのに、――逆について船がくいと廻りかけると、ざぶりと波が立つた。其の響きかも知れぬ。小さな御幣の、廻りながら、遠くへ離れて、小さな浮木《うき》ほどに成つて居たのが、ツウと浮いて、板ぐるみ、グイと傾いて、水の面《おも》にぴたりとついたと思ふと、罔竜《あまりょう》の頭《かしら》、絵《えが》ける鬼火《ひとだま》の如き一条《ひとすじ》の脈《みゃく》が、竜《たつ》の口《くち》からむくりと湧《わ》いて、水を一文字《いちもんじ》に、射《い》て疾《と》く、船に近づくと斉《ひと》し
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