れたかと思ふほど、玉野は思つたより巧《たくみ》に棹《さお》さす。大池《おおいけ》は静《しずか》である。舷《ふなばた》の朱欄干《しゅらんかん》に、指を組んで、頬杖《ほおづえ》ついた、紫玉の胡粉《ごふん》のやうな肱《ひじ》の下に、萌黄《もえぎ》に藍《あい》を交《まじ》へた鳥の翼の揺《ゆ》るゝのが、其処《そこ》にばかり美しい波の立つ風情《ふぜい》に見えつゝ、船はする/\と滑つて、鶴ヶ島をさして滑《なめら》かに浮いて行く。
然《さ》までの距離はないが、月夜には柳が煙《けむ》るぐらゐな間《ま》で、島へは棹の数《すう》百ばかりはあらう。
玉野は上手《あじ》を遣《や》る。
さす手が五十ばかり進むと、油を敷いたとろりとした静《しずか》な水も、棹に掻《か》かれて何処《どこ》ともなしに波紋が起つた、其の所為《せい》であらう。あの底知らずの竜《たつ》の口《くち》とか、日射《ひざし》も其処《そこ》ばかりはものの朦朧《もうろう》として淀《よど》むあたりに、――微《そよ》との風もない折から、根なしに浮いた板ながら真直《まっすぐ》に立つて居た白い御幣が、スースーと少しづゝ位置を転《か》へて、夢のやうに一|寸《
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