理屋の女中が、わざわざ出て来て注意をした。
「あれ、彼処《あすこ》ですわ。」と玉野が指《ゆびさ》す、大池《おおいけ》を艮《うしとら》の方《かた》へ寄る処《ところ》に、板を浮かせて、小さな御幣《ごへい》が立つて居た。真中の築洲《つきず》に鶴《つる》ヶ|島《しま》と言ふのが見えて、祠《ほこら》に竜神《りゅうじん》を祠《まつ》ると聞く。……鷁首《げきしゅ》の船は、其の島へ志《こころざ》すのであるから、竜の口は近寄らないで済むのであつたが。
「乗らうかね。」
と紫玉は最《も》う褄《つま》を巻くやうに、爪尖《つまさき》を揃《そろ》へながら、
「でも何だか。」
「あら、何故《なぜ》ですえ。」
「御幣まで立つて警戒をした処《ところ》があつちやあ、遠くを離れて漕ぐにしても、船頭が船頭だから気味が悪いもの。」
「否《いいえ》、あの御幣は、そんなおどかしぢやありませんの。不断《ふだん》は何にもないんださうですけれど、二三日前、誰だか雨乞《あまごい》だと言つて立てたんださうですの、此の旱《ひでり》ですから。」
八
岸をトンと盪《お》すと、屋形船《やかたぶね》は軽く出た。おや、房州で生
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