たち。」
と連立《つれだ》つて寄る、汀《みぎわ》に居た玉野の手には、船首《みよし》へ掛けつゝ棹《さお》があつた。
舷《ふなばた》は藍《あい》、萌黄《もえぎ》の翼で、頭《かしら》にも尾にも紅《べに》を塗つた、鷁首《げきしゅ》の船の屋形造《やかたづくり》。玩具《おもちゃ》のやうだが四五人は乗れるであらう。
「お嬢様。おめしなさいませんか。」
聞けば、向う岸の、むら萩《はぎ》に庵《いおり》の見える、船主《ふなぬし》の料理屋には最《も》う交渉済《こうしょうずみ》で、二人は慰《なぐさ》みに、此から漕出《こぎだ》さうとする処《ところ》だつた。……お前さんに漕げるかい、と覚束《おぼつか》なさに念を押すと、浅くて棹《さお》が届くのだから仔細ない。但《ただ》、一ヶ所|底《そこ》の知れない深水《ふかみず》の穴がある。竜《たつ》の口《くち》と称《とな》へて、此処《ここ》から下の滝の伏樋《ふせどい》に通ずるよし言伝《いいつた》へる、……危《あぶな》くはないけれど、其処《そこ》だけは除《よ》けたが可《よ》からう、と、……こんな事には気軽な玉江が、つい駆出《かけだ》して仕誼《ことわり》を言ひに行つたのに、料
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