うぎょう》の隣国《りんごく》へ、早く先乗《さきのり》をしたのが多い。が、地方としては、此《これ》まで経歴《へめぐ》つた其処彼処《そこかしこ》より、観光に価値《あたい》する名所が夥《おびただし》い、と聞いて、中二日《なかふつか》ばかりの休暇《やすみ》を、紫玉は此の土地に居残《いのこ》つた。そして、旅宿《りょしゅく》に二人|附添《つきそ》つた、玉野《たまの》、玉江《たまえ》と云ふ女弟子も連れないで、一人で密《そっ》と、……日盛《ひざかり》も恁《こ》うした身には苦にならず、町中《まちなか》を見つゝ漫《そぞろ》に来た。
惟《おも》ふに、太平の世の国の守《かみ》が、隠れて民間に微行《びこう》するのは、政《まつりごと》を聞く時より、どんなにか得意であらう。落人《おちうど》の其《それ》ならで、そよと鳴る風鈴も、人は昼寝の夢にさへ、我名《わがな》を呼んで、讃美し、歎賞する、微妙なる音響、と聞えて、其の都度《つど》、ハツと隠れ忍んで、微笑《ほほえ》み/\通ると思へ。
深張《ふかばり》の涼傘《ひがさ》の影ながら、尚《な》ほ面影《おもかげ》は透き、色香《いろか》は仄《ほの》めく……心地《ここち》すれば、
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