て居る。
忘れもしない、眼界《がんかい》の其の突当《つきあた》りが、昨夜《ゆうべ》まで、我あればこそ、電燭の宛然《さながら》水晶宮の如く輝いた劇場であつた。
あゝ、一翳《いちえい》の雲もないのに、緑《みどり》紫《むらさき》紅《くれない》の旗の影が、ぱつと空を蔽《おお》ふまで、花《はな》やかに目に飜《ひるがえ》つた、唯《と》見ると颯《さっ》と近づいて、眉《まゆ》に近い樹々の枝に色鳥《いろどり》の種々《いろいろ》の影に映つた。
蓋《けだ》し劇場に向つて、高く翳《かざ》した手の指環の、玉の矜《ほこり》の幻影《まぼろし》である。
紫玉は、瞳《ひとみ》を返して、華奢《きゃしゃ》な指を、俯向《うつむ》いて視《み》つゝ莞爾《にっこり》した。
そして、すら/\と石橋《しゃっきょう》を前方《むこう》へ渡つた。それから、森を通る、姿は翠《みどり》に青ずむまで、静《しずか》に落着いて見えたけれど、二《ふた》ツ三《み》ツ重《かさな》つた不意の出来事に、心の騒いだのは争《あらそ》はれない。……涼傘《ひがさ》を置忘《おきわす》れたもの。……
森を高く抜けると、三国《さんごく》見霽《みはら》しの一面の広
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