《ぞっ》とした状《さま》に、一度すぼめた袖を、はら/\と翼の如く搏《たた》いたのは、紫玉が、可厭《いとわ》しき移香《うつりが》を払ふとともに、高貴なる鸚鵡を思ひ切つた、安からぬ胸の波動で、尚《な》ほ且《か》つ飜々《はらはら》とふるひながら、衝《つ》と飛退《とびの》くやうに、滝の下行く桟道《さんどう》の橋に退《の》いた。
 石の反橋《そりはし》である。巌《いわ》と石の、いづれにも累《かさな》れる牡丹《ぼたん》の花の如きを、左右に築き上げた、銘《めい》を石橋《しゃっきょう》と言ふ、反橋《そりはし》の石の真中に立つて、吻《ほ》と一息《ひといき》した紫玉は、此の時、すらりと、脊《せ》も心も高かつた。

        七

 明眸《めいぼう》の左右に樹立《こだち》が分れて、一条《ひとすじ》の大道《だいどう》、炎天の下《もと》に展《ひら》けつゝ、日盛《ひざかり》の町の大路《おおじ》が望まれて、煉瓦造《れんがづくり》の避雷針、古い白壁《しらかべ》、寺の塔など睫《まつげ》を擽《こそぐ》る中に、行交《ゆきか》ふ人は点々と蝙蝠《こうもり》の如く、電車は光りながら山椒魚《さんしょううお》の這《は》ふのに似
前へ 次へ
全63ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング