芬《ぷん》と臭《にお》ふ。たとへば貴重なる香水の薫《かおり》の一滴の散るやうに、洗へば洗ふほど流せば流すほど香《か》が広がる。……二三度、四五度、繰返すうちに、指にも、手にも、果《はて》は指環の緑碧紅黄《りょくへきこうこう》の珠玉《しゅぎょく》の数にも、言ひやうのない悪臭《あくしゅう》が蒸《いき》れ掛《かか》るやうに思はれたので。……
「えゝ。」
 紫玉はスツと立つて、手のはずみで一振《ひとふり》振つた。
「ぬしにお成りよ。」
 白金《プラチナ》の羽《はね》の散る状《さま》に、ちら/\と映ると、釵《かんざし》は滝壺《たきつぼ》に真蒼《まっさお》な水に沈んで行く。……あはれ、呪はれたる仙禽《せんきん》よ。卿《おんみ》は熱帯の鬱林《うつりん》に放たれずして、山地《さんち》の碧潭《へきたん》に謫《たく》されたのである。……ト此の奇異なる珍客を迎ふるか、不可思議の獲《え》ものに競《きそ》ふか、静《しずか》なる池の面《も》に、眠れる魚《うお》の如く縦横《じゅうおう》に横《よこた》はつた、樹の枝々の影は、尾鰭《おひれ》を跳ねて、幾千ともなく、一時《いちどき》に皆|揺動《ゆれうご》いた。
 此に悚然
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