ちみち》も悪臭《わるぐさ》さの消えないばかりか、口中《こうちゅう》の臭気は、次第に持つ手を伝《つたわ》つて、袖《そで》にも移りさうに思はれる。
紫玉は、樹の下に涼傘《ひがさ》を畳《たた》んで、滝を斜めに視《み》つゝ、池の縁《へり》に低く居た。
滝は、旱《ひでり》に爾《しか》く骨なりと雖《いえど》も、巌《いわお》には苔蒸《こけむ》し、壺《つぼ》は森を被《かつ》いで蒼《あお》い。然《しか》も巌《いわ》がくれの裏に、どうどうと落ちたぎる水の音の凄《すさま》じく響くのは、大樋《おおどい》を伏せて二重に城の用水を引いた、敵に対する要害で、地下を城の内濠《うちぼり》に灌《そそ》ぐと聞く、戦国の余残《なごり》ださうである。
紫玉は釵《かんざし》を洗つた。……艶《えん》なる女優の心を得た池の面《おも》は、萌黄《もえぎ》の薄絹《うすぎぬ》の如く波を伸《の》べつゝ拭《ぬぐ》つて、清めるばかりに見えたのに、取つて黒髪に挿《さ》さうとすると、些《ちっ》と離したくらゐでは、耳の辺《はた》へも寄せられぬ。鼻を衝《つ》いて、ツンと臭《くさ》い。
「あ、」と声を立てたほどである。
雫《しずく》を切ると、雫まで
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