ゃみせ》の娘と其の父は、感に堪へた観客の如く、呼吸《いき》を殺して固唾《かたず》を飲んだ。
 ……「あゝ、お有難《ありがた》や、お有難い。トンと苦悩を忘れました。お有難い。」と三味線包《しゃみせんづつみ》、がつくりと抜衣紋《ぬきえもん》。で、両掌《りょうて》を仰向《あおむ》け、低く紫玉の雪の爪尖《つまさき》を頂く真似して、「恁《か》やうに穢《むさ》いものなれば、くど/\お礼など申して、お身近《みぢか》は却《かえ》つてお目触《めざわ》り、御恩は忘れぬぞや。」と胸を捻《ね》ぢるやうに杖《つえ》で立つて、
「お有難や、お有難や。あゝ、苦《く》を忘れて腑《ふ》が抜けた。もし、太夫様《たゆうさま》。」と敷居を跨《また》いで、蹌踉状《よろけざま》に振向《ふりむ》いて、「あの、其のお釵《かんざし》に……」――「え。」と紫玉が鸚鵡《おうむ》を視《み》る時、「歯くさが着いては居《お》りませぬか。恐縮《おそれ》や。……えひゝ。」とニヤリとして、
「ちやつとお拭《ふ》きなされませい。」此がために、紫玉は手を掛けた懐紙《ふところがみ》を、余儀《よぎ》なく一寸《ちょっと》逡巡《ためら》つた。
 同時に、あらぬ方
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