い。――其の紫玉が手にした白金《プラチナ》の釵を、歯のうろへ挿入《さしいれ》て欲しいのだと言ふ。
「太夫様《たゆうさま》お手づから。……竜と蛞蝓《なめくじ》ほど違ひましても、生《しょう》あるうちは私《わし》ぢやとて、芸人の端くれ。太夫様の御光明《おひかり》に照らされますだけでも、此の疚痛《いたみ》は忘られませう。」と、はツはツと息を吐《つ》く。……
 既に、何人《なんぴと》であるかを知られて、土に手をついて太夫様と言はれたのでは、其の所謂《いわゆる》禁厭《まじない》の断り悪《にく》さは、金銭の無心《むしん》をされたのと同じ事――但《ただ》し手から手へ渡すも恐れる……落して釵《かんざし》を貸さうとすると、「あゝ、いや、太夫様、お手づから。……貴女様《あなたさま》の膚《はだ》の移香《うつりが》、脈の響《ひびき》をお釵から伝へ受けたいのでござります。貴方様《あなたさま》の御血脈《おけちみゃく》、其が禁厭《まじない》に成りますので、お手に釵の鳥をばお持ち遊ばされて、はい、はい、はい。」あん、と口を開《ひら》いた中へ、紫玉は止《や》む事を得ず、手に持添《もちそ》へつつ、釵の脚《あし》を挿入《さし
前へ 次へ
全63ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング