灰吹《はいふき》に薄い唾《つば》した。
 此の世盛《よざか》りの、思ひ上れる、美しき女優は、樹の緑|蝉《せみ》の声も滴《したた》るが如き影に、框《かまち》も自然《おのず》から浮いて高い処《ところ》に、色も濡々《ぬれぬれ》と水際立《みずぎわだ》つ、紫陽花《あじさい》の花の姿を撓《たわ》わに置きつゝ、翡翠《ひすい》、紅玉《ルビイ》、真珠など、指環を三《み》つ四《よ》つ嵌《は》めた白い指をツト挙げて、鬢《びん》の後毛《おくれげ》を掻いた次手《ついで》に、白金《プラチナ》の高彫《たかぼり》の、翼に金剛石《ダイヤ》を鏤《ちりば》め、目には血膸玉《スルウドストン》、嘴《くちばし》と爪に緑宝玉《エメラルド》の象嵌《ぞうがん》した、白く輝く鸚鵡《おうむ》の釵《かんざし》――何某《なにがし》の伯爵が心を籠《こ》めた贈《おくり》ものとて、人は知つて、(伯爵)と称《とな》ふる其の釵を抜いて、脚《あし》を返して、喫掛《のみか》けた火皿《ひざら》の脂《やに》を浚《さら》つた。……伊達《だて》の煙管《きせる》は、煙を吸ふより、手すさみの科《しぐさ》が多い慣習《ならい》である。
 三味線|背負《しょ》つた乞食坊主が
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