も相分《あいわか》りませぬ。此の公園のづツと奥に、真暗《まっくら》な巌窟《いわや》の中に、一ヶ処|清水《しみず》の湧《わ》く井戸がござります。古色《こしょく》の夥《おびただ》しい青銅の竜が蟠《わだかま》つて、井桁《いげた》に蓋《ふた》をして居《お》りまして、金網《かなあみ》を張り、みだりに近づいては成りませぬが、霊沢金水《れいたくこんすい》と申して、此がために此の市の名が起りましたと申します。此が奥の院と申す事で、えゝ、貴方様《あなたさま》が御意《ぎょい》の浦安神社は、其の前殿《まえどの》と申す事でござります。御参詣《おまいり》を遊ばしましたか。」
「あ、否《いいえ》。」と言つたが、すぐ又|稚児《ちご》の事が胸に浮んだ。それなり一時《いちじ》言葉が途絶《とだ》える。
森々《しんしん》たる日中《ひなか》の樹林、濃く黒く森に包まれて城の天守は前に聳《そび》ゆる。茶店《ちゃみせ》の横にも、見上《みあげ》るばかりの槐《えんじゅ》榎《えのき》の暗い影が樅《もみ》楓《かえで》を薄く交《まじ》へて、藍緑《らんりょく》の流《ながれ》に群青《ぐんじょう》の瀬のある如き、たら/\上《あが》りの径《こみち
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