さい。」と言ってみたり。石垣の草蒸《くさいきれ》に、棄ててある瓜の皮が、化けて脚が生えて、むくむくと動出しそうなのに、「あれ。」と飛退《とびの》いたり。取留めのないすさびも、この女の人気なれば、話せば逸話に伝えられよう。
 低い山かと見た、樹立《こだち》の繁った高い公園の下へ出ると、坂の上り口に社《やしろ》があった。
 宮も大きく、境内も広かった。が、砂浜に鳥居を立てたようで、拝殿の裏崕《うらがけ》には鬱々《うつうつ》たるその公園の森を負いながら、広前《ひろまえ》は一面、真空《まそら》なる太陽に、礫《こいし》の影一つなく、ただ白紙《しらかみ》を敷詰めた光景《ありさま》なのが、日射《ひざし》に、やや黄《きば》んで、渺《びょう》として、どこから散ったか、百日紅の二三点。
 ……覗くと、静まり返った正面の階《きざはし》の傍《かたわら》に、紅《べに》の手綱、朱の鞍《くら》置いた、つくりものの白の神馬《しんめ》が寂寞《せきばく》として一頭《ひとつ》立つ。横に公園へ上る坂は、見透《みとお》しになっていたから、涼傘のままスッと鳥居から抜けると、紫玉の姿は色のまま鳥居の柱に映って通る。……そこに屋根囲《やねがこい》した、大《おおい》なる石の御手洗《みたらし》があって、青き竜頭《りゅうず》から湛《たた》えた水は、且つすらすらと玉を乱して、颯《さっ》と簾《すだれ》に噴溢《ふきあふ》れる。その手水鉢《ちょうずばち》の周囲《まわり》に、ただ一人……その稚児が居たのであった。
 が、炎天、人影も絶えた折から、父母《ちちはは》の昼寝の夢を抜出した、神官の児《こ》であろうと紫玉は視《み》た。ちらちら廻りつつ、廻りつつ、あちこちする。……
 と、御手洗は高く、稚児は小さいので、下を伝うてまわりを廻るのが、さながら、石に刻んだ形が、噴溢れる水の影に誘われて、すらすらと動くような。……と視るうちに、稚児は伸上り、伸上っては、いたいけな手を空に、すらりと動いて、伸上っては、また空に手を伸ばす。――
 紫玉はズッと寄った。稚児はもう涼傘の陰に入ったのである。
「ちょっと……何をしているの。」
「水が欲しいの。」
 と、あどけなく言った。
 ああ、それがため足場を取っては、取替えては、手を伸ばす、が爪立っても、青い巾《きれ》を巻いた、その振分髪、まろが丈は……筒井筒《つついづつ》その半《なかば》にも届くまい
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