ばかり見る目には、三ツ五ツ縦に並べた薄紫の眉刷毛《まゆばけ》であろう。死のうとした身の、その時を思えば、それも逆《さかしま》に生えた蓬々《おどろおどろ》の髯《ひげ》である。
その空へ、すらすらと雁《かりがね》のように浮く、緋縮緬の女の眉よ! 瞳も据《すわ》って、瞬《まばた》きもしないで、恍惚《うっとり》と同じ処を凝視《みつ》めているのを、宗吉はまたちらりと見た。
ああその女?
と波を打って轟《とどろ》く胸に、この停車場は、大《おおい》なる船の甲板の廻るように、舳《みよし》を明神の森に向けた。
手に取るばかりなお近い。
「なぞえに低くなった、あそこが明神坂だな。」
その右側の露路の突当りの家で。……
――死のうとした日の朝――宗吉は、年紀上《としうえ》の渠《かれ》の友達に、顔を剃《あた》ってもらった。……その夜《よ》、明神の境内で、アワヤ咽喉《のんど》に擬したのはその剃刀であるが。
(ちょっと順序を附《つけ》よう。)
宗吉は学資もなしに、無鉄砲に国を出て、行処《ゆきどころ》のなさに、その頃、ある一団の、取留めのない不体裁なその日ぐらしの人たちの世話になって、辛うじて雨露《う
前へ
次へ
全37ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング