膝をなえたように支《つ》きながら、お千は宗吉を背後《うしろ》に囲って、
「……この人は……」
「いや、小僧に用はない。すぐおいで。」
「宗ちゃん、……朝の御飯はね、煮豆が買って蓋《ふた》ものに、……紅生薑《べにしょうが》と……紙の蔽《おおい》がしてありますよ。」
風俗係は草履を片手に、もう入口の襖《ふすま》を開けていた。
お千が穿《はき》ものをさがすうちに、風俗係は、内から、戸の錠をあけたが、軒を出ると、ひたりと腰縄を打った。
細腰はふっと消えて、すぼめた肩が、くらがりの柳に浮く。
……そのお千には、もう疾《とう》に、羽織もなく、下着もなく、膚《はだえ》ただ白く縞《しま》の小袖の萎《な》えたるのみ。
宗吉は、跣足《はだし》で、めそめそ泣きながら後を追った。
目も心も真暗《まっくら》で、町も処も覚えない。颯《さっ》と一条の冷い風が、電燈の細い光に桜を誘った時である。
「旦那。」
とお千が立停《たちど》まって、
「宗ちゃん――宗ちゃん。」
振向きもしないで、うなだれたのが、気を感じて、眉を優しく振向いた。
「…………」
「姉さんが、魂をあげます。」――辿《たど》りながら
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