る暗がりで、甘く、且つ香《かんば》しく、皓歯《しらは》でこなしたのを、口移し……
九
宗吉が夜学から、徒士町《おかちまち》のとある裏の、空瓶屋と襤褸屋《ぼろや》の間の、貧しい下宿屋へ帰ると、引傾《ひきかし》いだ濡縁《ぬれえん》づきの六畳から、男が一人|摺違《すれちが》いに出て行《ゆ》くと、お千さんはパッと障子を開けた。が、もう床が取ってある……
枕元の火鉢に、はかり炭を継いで、目の破れた金網を斜《はす》に載せて、お千さんが懐紙《ふところがみ》であおぎながら、豌豆餅《えんどうもち》を焼いてくれた。
そして熱いのを口で吹いて、嬉しそうな宗吉に、浦里の話をした。
お千は、それよりも美しく、雪はなけれど、ちらちらと散る花の、小庭の湿地《しけち》の、石炭殻につもる可哀《あわれ》さ、痛々しさ。
時次郎でない、頬被《ほおかぶり》したのが、黒塀の外からヌッと覗く。
お千が脛白《はぎしろ》く、はっと立って、障子をしめようとする目の前へ、トンと下りると、つかつかと縁側へ。
「あれ。」
「おい、気の毒だがちょっと用事だ。」
と袖から蛇の首のように捕縄《とりなわ》をのぞかせた。
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