》の雫《しずく》を切って、軽く黒の外套《がいとう》の脇に挟みながら、薄い皮の手袋をスッと手首へ扱《しご》いて、割合に透いて見える、なぜか、硝子囲《がらすがこい》の温室のような気のする、雨気《あまけ》と人の香の、むっと籠《こも》った待合の裡《うち》へ、コツコツと――やはり泥になった――侘《わびし》い靴の尖《さき》を刻んで入った時、ふとその目覚しい処を見たのである。
 たしか、中央の台に、まだ大《おおき》な箱火鉢が出ていた……そこで、ハタと打撞《ぶつか》ったその縮緬の炎から、急に瞳を傍《わき》へ外《そ》らして、横ざまにプラットフォームへ出ようとすると、戸口の柱に、ポンと出た、も一つ赤いもの。

       二

 威《おどか》しては不可《いけな》い。何、黒山の中の赤帽で、そこに腕組をしつつ、うしろ向きに凭掛《もたれかか》っていたが、宗吉が顔を出したのを、茶色のちょんぼり髯《ひげ》を生《はや》した小白い横顔で、じろりと撓《た》めると、
「上りは停電……下りは故障です。」
 と、人の顔さえ見れば、返事はこう言うものと極《き》めたようにほとんど機械的に言った。そして頸窪《ぼんのくぼ》をその凭掛
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