ったが、五日も七日もこう降り続くと、どこの道もまるで泥海のようであるから、勤人《つとめにん》が大路の往還《ゆきき》の、茶なり黒なり背広で靴は、まったく大袈裟《おおげさ》だけれど、狸が土舟という体《てい》がある。
秦氏も御多分に漏れず――もっとも色が白くて鼻筋の通った処はむしろ兎の部に属してはいるが――歩行《あるき》悩んで、今日は本郷どおりの電車を万世橋で下りて、例の、銅像を横に、大《おおき》な煉瓦《れんが》を潜《くぐ》って、高い石段を昇った。……これだと、ちょっと歩行《ある》いただけで甲武線は東京の大中央を突抜けて、一息に品川へ……
が、それは段取だけの事サ、時間が時間だし、雨は降る……ここも出入《ではいり》がさぞ籠むだろう、と思ったより夥《おびただ》しい混雑で、ただ停車場などと、宿場がって済《すま》してはおられぬ。川留《かわどめ》か、火事のように湧立《わきた》ち揉合《もみあ》う群集の黒山。中野行を待つ右側も、品川の左側も、二重三重に人垣を造って、線路の上まで押覆《おっかぶ》さる。
すぐに電車が来た処で、どうせ一度では乗れはしまい。
宗吉はそう断念《あきら》めて、洋傘《こうもり
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