を重げに口にした。
「動悸《どうき》を御覧なさいよ、私のさ。」
 その胸の轟《とどろ》きは、今より先に知ったのである。
「秦さん、私は貴方を連れて、もうあすこへは戻らない。……身にも命にもかえてね、お手伝をしますがね、……実はね、今明神様におわびをして、貴方のお頭《つむ》を濡らしたのは――実は、あの、一度内へ帰ってね。……この剃刀で、貴方を、そりたての今道心にして、一緒に寝ようと思ったのよ。――あのね、実はね、今夜あたり紀州のあの坊さんに、私が抱かれて、そこへ、熊沢だの甘谷だのが踏込んで、不義いたずらの罪に落そうという相談に……どうでも、と言って乗せられたんです。
 ……あの坊さんは、高野山とかの、金高《かねだか》なお宝ものを売りに出て来ているんでしょう。どことかの大金持だの、何省の大臣だのに売ってやると言って、だまして、熊沢が皆質に入れて使ってしまって、催促される、苦しまぎれに、不断、何だか私にね、坊さんが厭味《いやみ》らしい目つきをするのを知っていて、まあ大それた美人局《つつもたせ》だわね。
 私が弱いもんだから、身体《からだ》も度胸もずばぬけて強そうな、あの人をたよりにして、こん
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