吉はもはや蒼白《まっさお》になった。
 ここから認《み》られたに相違ない。
 と思う平四郎は、涎《よだれ》と一所に、濡らした膝を、手巾《ハンケチ》で横撫でしつつ、
「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ。」……大歎息《おおためいき》とともに尻を曳《ひ》いたなごりの笑《わらい》が、更に、がらがらがらと雷の鳴返すごとく少年の耳を打つ!……
「お煎《せん》をめしあがれな。」
 目の下の崕が切立《きった》てだったら、宗吉は、お千さんのその声とともに、倒《さかしま》に落ちてその場で五体を微塵《みじん》にしたろう。
 産《うみ》の親を可懐《なつか》しむまで、眉の一片《ひとひら》を庇《かば》ってくれた、その人ばかりに恥かしい。……
「ちょっと、宅《うち》まで。」
 と息を呑んで言った――宅とは露路のその長屋で。
 宗吉は、しかし、その長屋の前さえ、遁隠《にげかく》れするように素通りして、明神の境内のあなたこなた、人目の隙《すき》の隅々に立って、飢《うえ》さえ忘れて、半日を泣いて泣きくらした。
 星も曇った暗き夜《よ》に、
「おかみさん――床屋へ剃刀を持って参りましょう。ついでがございますから……」
 宗吉はわざと格子
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